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東京高等裁判所 昭和29年(う)1454号 判決

控訴人 被告人 池田勇

弁護人 宮沢邦夫

検察官 小西太郎

主文

(一)原判決を破棄する。

(二)被告人を禁錮四月に処する。

(三)原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人宮沢邦夫提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

一  論旨第一点について

原判決が判示第一において、自動車無謀操縦の事実を認定し、また判示第二において業務上過失致死の事実を認定しながら、証拠の標目としては右第一、第二事実を一括して共通の証拠を挙げていることはまことに所論のとおりである。而して事実認定に用いた証拠を判示するには、いかなる証拠によつていかなる事実を認定したものであるかということが判文上明かにされなければならないから、仮令証拠の標目を列挙する場合でも、原則的には、少くとも各犯罪事実毎に証拠を分類して判示することが望ましい。けれども、例えば贈賄とこれに対応する収賄というように二つの事実が密接に関連していて、これを各別に分けて証拠説明するよりは、一括して共通の証拠を引用判示する方が、かえつて簡明である場合もなしとしないから、証拠の一括引用が常に不適法であると即断するのは早計である。これを本件の場合にみるに、原判決が証拠に基いて認定したところによれば、被告人は(一)原判示日時場所において、酔つていて正常の運転ができないおそれがあつたにもかかわらず、貨物自動車を運転して無謀な操縦をなし、(二)その運転中、酒に酔つていたため前方注視の義務を怠り、原判示場所において染谷一雄の後方から自動車の車体を追突させ、右頭部打撲による脳内出血のため死亡させたというのであるから、右の内(一)の無謀操縦の点は道路交通取締法に違反し、(二)の業務上の過失により人を死に致した点は刑法第二百十一条前段に該当し、二個の犯罪の成立することは勿論であるが、右のような事実関係のもとにおいては、二つの犯罪事実は密接に関連し、両者は時間的にも、場所的にもほとんど重複しているのであるから、その認定証拠もいきおい共通にならざるを得ないのは当然である。かような場合には、各判示事実毎に区別して証拠を挙示するとすれば同一の証拠を二重に引用する結果となり、徒らに煩雑になるばかりでなく、二つの事実を一括してその認定証拠を列挙しても、いかなる証拠によつて、いかなる事実を認定したものであるかということは自ら分明であるから、原判決が前記のように原判示事実認定について、第一第二事実共通の証拠を列挙したのは、むしろ相当な措置であつて刑事訴訟法第三百三十五条に違反しないのは勿論、「判決に理由を附せず又は理由にくいちがいがある」というような違法の廉は存しないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 山岸薫一 判事 下関忠義)

控訴趣意

第一点原判決は判決に理由を附せず、又は刑事訴訟法第三百三十五条に違背し、理由にくいちがいが存するから破棄されなければならない。

原判決は第一事実として被告人が無謀操縦をなした事実を、第二事実として被告人が業務上過失により染谷一雄を死に致した事実を認定し、証拠の標目として、一括して島田勝蔵作成の上申書より被告人の当公判廷における供述及び被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書まで十二項目の証拠書類、証言、証拠物を掲記し、これらの証拠を綜合して前記第一、第二事実を認める旨記載している。

刑事訴訟法第三百三十五条においては、有罪の云渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならないと規定しているが、犯罪事実が二個以上に亘る場合、その証拠摘示はどの証拠によつてどの事実を認定したか判決書の記載から明瞭になる程度に記載することを要するのであり、犯罪事実が二個存するのに、唯漫然と証拠の標目を一括羅列しただけではどの証拠によつて第一事実を認定し、どの証拠によつて第二事実を認定したか不明であり、証拠の摘示として不適法であり、かかる証拠の表示を以つては刑事訴訟法第三百三十五条の規定に違背し、証拠を挙示しないと等しく、判決に理由を附せざるものというべく、原判決は破棄を免れないのである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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